花物語

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皇女和宮

おしまじな 君と民とのためならば 身は武蔵野のつゆと消えても

落ちて行く身と知りながら もみぢ葉の 人なつかしく こがれこそすれ

住みなれし 都路出でてけふいくひ いそぐともつらき東路へのたび 
                                            (皇女和宮)


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「皇女和宮行列」
和宮内親王が、江戸の第14代将軍徳川家茂へ興入れするために、10月20日に京を立ち、
中山道を通って、桶川に11月13日に1泊しました。
桶川市民まつりにおいては、毎年恒例の「皇女和宮行列」も華やかに再現されます。


家茂と和宮の出逢いは、「公武合体」のための政略結婚そのものでした。
和宮はこの時、現在の年齢でいうとまだ14歳になったばかり。
家茂も和宮も病弱だったらしいのですが、同い年の二人には夫婦愛が芽生え仲睦まじかったと伝えられています。とりわけ、家茂は和宮を理解し大切にしたようです。
慶応元年(1865)5月、将軍家茂は長州征伐のため上洛し、翌年7月20日、大坂城で急逝。
家茂の急逝後、和宮は髪を降ろし静寛院宮(せいかんいんのみや)と称せられます。
明治維新の際、朝廷側に手紙を書き、将軍徳川慶喜の助命や、江戸城無血開城のために尽力。
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by f-doll | 2005-11-04 22:02 | やまとことば
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短歌にデジタルカメラで撮影した画像を添えています。お気軽にコメント(感想、おしゃべり、返歌erc)をどうぞ。リンクはフリーです。^^


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